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我々23期生は、昭和19年(1944年)春、希望に満ちて県立広島二中に入学、太平洋戦争さなかの苦難の時代に、共に学び、勤労動員の汗を流した仲間です。昭和20年8月6日の原爆では、二葉の里・東練兵場(現広島駅新幹線駅口付近)で勤労作業中に被爆、ほぼ全員火傷などの被害に遭い、一級下の1年生は、爆心地に近い中島町(現広島平和記念公園)で建物疎開作業中、全員322人が爆死しました。
戦後は、6・3・3制の学制改革に伴い、学区制の新制高校に転校・編入を余儀なくされましたが、今でも入学当時のクラス名で呼び合う仲間です。

原爆前の校舎
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