原爆とボクたち

広島の路面電車の紹介

   学友山根君のリンクページ

荒谷 勲(平和のためのヒロシマ通訳者グループ)

  被爆から立ち直り、動く電車の博物館として注目されている広島の路面電車を県外の友人に紹介しよう。
   
同期生 山根政則君が「路面電車を考える館」、でその全貌を紹介している。

こんにちは、皆様、広島へようこそ。
広島の路面電車にようこそ。皆様のホームタウンにも路面電車がありますか?
今日は広島の路面電車に乗って頂くので、そのことについて説明致します。

日本の多くの都市には1960年代まで路面電車が運行していましたが、東京・京都・大阪・神戸などの主要都市で廃止されました。現在では20都市だけで運行されていますが、営業キロ数は最盛期の十分の一の300kmとなりました。
しかし最近は路面電車の価値が見直されてきました。その中で広島の路面電車は活気があり、全国から注目されています。

広島の路面電車は大正元年(1912年)に開通し、90年の歴史がありますが、今日に至るまでに、
二つの大きな出来事がありました。

一つは1945年8月6日の原爆により壊滅的打撃を受けましたが、社員と軍隊が協力して復旧に努めた結果、被爆3日後には部分的ながら運転を再開して、市民を勇気づけました。
被爆した電車のなかで現在でも4両が運転されています。
その車両はいずれも単車(1両だけの編成)で、番号は、651,652,653,654です。
電車を見た時に番号に注意して探して下さい。

もう一つは、1960年代の急速な自動車の普及により、日本の多くの都市で路面電車が廃止される中、
広島では存続できました。他の都市から廃止になった電車を受け入れて運転しています。
さらにドイツのドルトムントやハノーバーの路面電車も譲り受けて運転しているので、『動く電車の博物館』とも呼ばれて全国的に有名になりました。これらの電車はなるべく元の形や色のままを維持しています。

最近、路面電車は中規模都市の大量輸送手段として、見直されてきました。
特に広島では、利用者が多く、市内から直通電車で宮島の対岸までアクセスできるので、通勤や観光に欠かせない交通手段となりました。車両数は250両、営業キロ数は34.9km、1日の乗客は約11万人です。

また路面電車の復活のために、世界的に新しい電車の研究が行われ、早くて高性能の軽快電車
Light Rail Vehicle が開発されました。
軽快路面電車のシステムを、LRT (Light Rail Transit) と呼ぶようになりました。
広島では国産および、ドイツからの輸入した LRVを使用しております。

どうぞ広島の路面電車をお楽しみ下さい。

 現在(2007年時点)で<653・654>が引退して交通科学館に展示されています。恐らく近々、すべて引退して、交通科学館入りすることでしょう。(なお上記本文の執筆は、2002年の9月です)


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