旧制広島県立第二中学校23期生 ポプラ会のホームページ

     同期会ニュース
       
 <平成29年4月15日県立広島二中23期生同期会>
  今年も県立広島二中23期同期会を4月15日、ANAクラウンプラザホテルで迎えることが出来ました。72年前、あの原爆が投下された「8月6日」は、一日交替で登校と建物疎開作業に従事していた1年生全員三百二十一人が犠牲となり、我われは東練兵場の芋畑の草取り作業中に被爆、全員がヤケドををしました。あの日から今日まで、共に学び、恋もし、コンパで杯を交わし、そして結婚、子や孫にも恵まれて、"八十路"半ばまで永らえて、同期の仲間が集えるのは、強運・・・というよりも、"身代わり"の形で散華した1年生に対して、後ろめたいような、申し訳ないような思いがいたします。
 本日、こうして中学時代の仲間が集い、懐旧談や近況報告など、懇談のひと時を過ごせるのは、めでたい限りです。とはいえ加齢による影響は避けがたく、今年の出席者は、昨年より4人少ない20人。同期会が定例化したのが、卒業50周年の平成6年で、ピーク時の平成10年の参加者が73人ですから、尻すぼみの減少傾向は覆いがたく、同期会の存続が危ぶまれる状態です。
  今年は、入院・体調不良、歩行困難・・・など、過去数年間の出欠データから、案内葉書の郵送を大幅にカットし、54人にしたせいもありますが・・・。欠席は30人、ほとんどが体調不良でした。訃報は、田中純夫、頼正夫、脇地二三、重見(牛尾)三士、柳田文爾、山根政則、堤洋二の7人でした。数年前から案内葉書の郵送数を整理、削減していますが、音信不通分を含め、手許の名簿には百数十人分の名前と住所が保存されています。この中には、未確認の物故者がかなりいるのではと、推定されます。併せてご冥福を祈りたいとおもいます。
   合掌。
 我われの同期会も、せめて米寿までは、なんとか続けたいと念じながら。
                  (文・浅野  写真・新出 録音・塚本)

 追記
今回の同期会のホームページ取材は、管理人の不手際で、後半の写真、録音が取れなかったところがあります。文章で補いますが、あらかじめお詫び申し上げます。
開会の挨拶
浅野君
 

刀禰君進行係

 
物故者の紹介と黙祷

二中観音100周年事業の説明

大田君乾杯
 

 
会場全景

テーブル単位の写真
   
         新出、国重、塚本
    浅野、刀禰、 久保田、 田淵
   戸谷、増田、吉野、大田、山本、栗栖
 
    小畑
   絹原、大呑、橋本赳、橋本修
合唱(写真がありません。校旗の下に歌っていると思ってください)

校歌とああ紅の血は燃ゆる

同期の桜

大田君のお手てつないでと久保田君の中締め(混乱の中だったのでありのままで、聞いて下さい)


参加者全員の集合写真

 後列左から
         新出、橋本修、橋本赳、武田、山本
中段左から
       小畑、吉野、国重、大呑、久保田、大田、絹原、増田、塚本、戸谷
前列左から
         刀禰、浅野、土井、栗栖、田淵
来年も元気で集まりましょう

 

  
<平成28年4月16日県立広島二中23期生同期会>  
 平成28年度の県立広島二中23期同期会を、今年も4月16日、ANAクラウン・プラザホテルで開催しました。
"八十路”半ばの老いらくの仲間が、集えるのは、いつまでのことやら…。
我われの同期会が定例化したのは、卒業50周年の平成6年でしたから、今年は23回目、
奇しくも23期ゆかりの記念同期会となりました。
出席者は昨年より二人少ない24人、平成10年の73人をピークに、加齢とともに、昨年から30人を割りました。
欠席者は、近況報告の記載のない者を含めて68人、欠席理由は例年通り、体調不良、入院や通院、歩行困難など。
そして昨年の物故者は6人、井上雅樹、谷原久資、竹野下貢、吉野千秋、中神義三、山本正隆の6君が鬼籍に移りました。
世話役の塚本兄が、案内葉書を発送したのが、131通でしたから、今年も44人が”ナシのつぶて”。
ホットニュースと言えば、二中4年で転校して、同窓会名簿、同期会名簿から漏れていた戸谷拓二君が”飛び入り参加”してくれたことでしょうか。
戸谷君にとっての、”中学時代”は、あのポプラとバラック校舎、50㍍プールだったようです。
顔と名前のおぼろな記憶を重ねながら、懐旧談の花咲く同期会となりました。

                                       ( 文 浅野、写真 新出、 録音 塚本)
     
   橋本君     浅野
 
司会 久保田君
 
開会の辞 橋本赳夫君


 
戸谷君 乾杯の音頭


 
会場の賑わい
   
Aテーブル                          Bテーブル
      多田 、浅野、久保田、塚本 刀禰              平本 清岡、橋本、絹原                           志熊、 土井、 戸谷                 山本、大呑、 浜田、 田淵
 
Cテーブル
新出、太田
増田、小畑、国重、上田、武田
   
  平本君 スピーチ                                浜田君スピーチ
   
戸谷君スピーチ                       山本君スピーチ
 
23期生ポプラ会のホームページの説明(塚本)
 
ビンゴゲーム
 
恒例の校歌、ああ紅の・・・、同期の桜を合唱し、太田君の一本じめで会を閉めた


 
前列 左から
田淵、土井、刀禰、橋本、戸谷、濱田、平本、武田、多田
2列目
浅野、増田、上田、小畑、大呑、国重、塚本
3列目
新出、志熊、清岡、久保田、山本、絹原、太田

来年も元気で集まりましょう!!!

 
  <平成27年四月十八日県立広島二中23期生同期会>
 県立広島二中・23期生の平成27年度定例同期会を、4月18日、広島市のANAクラウン・ プラザ・ホテルで開きました。
「あの日」中学2年在学中で、勤労作業に従事中に全員がひどい火傷を負ったヒバク中学生だけに、”被爆70周年”の今年は、いろいろな意味で感慨深い同期会となりました。

 とはいえ傘寿を過ぎた後期高齢者とあって、今年の参加者は、昨年より7人少ない26人。欠席者は67人、訃報は昨年より2人少ない9人でした。案内葉書を発送したのが、139枚でした
から、今年も37人は「返信なし」でした。欠席者の多くは、体調不良、入院中、老妻の老々介護などで、音信不通のナシのツブテ組とともに、近況、消息がi気になるところです。

 同期会には、東京圏から濱田、平本両君ら遠来組も来広、定刻の午後零時半、浅野の司会、昨年暮れに急逝した荒谷君等9人の黙祷、8・6証言活動を続けている国重君の開会挨拶、濱田君の
乾杯で開宴、懇談の合間に志熊、中本秀、栗栖君らの近況報告スピーチが続きました。

 今年の余興は、ビンゴ・ゲームで、商品券から百円ショップの雑品まで、ピンからキリの賞品を巡って。童心に帰っての笑いとため息が沸かせました。

 フィナーレは、戦中・戦後派同期会の定番・懐メロ…校歌、ああ紅の血は燃ゆる、同期の仲間(同期の桜の替え歌)の3曲を全員で斉唱、大田君の中締め(一本締め)で散会しました。 
                             (文 浅野、撮影 新出、録音 塚本)
                    
     
                        塚本   浅野君    久保田君 大田君  
   
           司会 浅野君                        会場全景
     
                       開会の辞   国重君
△マークを押すと音声がスタート
     
                         乾杯    濱田君
△マークをクリックすると音声が出ます
   
        Aテーブルメンバー                     Bテーブルメンバー
  塚本 志熊 山本定 大田 久保田 国重 新出           杉之原  上田   小畑  大呑
           刀禰   浅野                      平本  栗栖  橋本修    土井
             
   
          Cテーブルメンバー
       絹原  増田  橋本赳 多田
          中本   武田    濱田   田淵
   
        スピーチ 刀禰君                       スピーチ  志熊君
  刀禰君の提案で久しぶりの出席の志熊君からのスピーチの後、次のスピーチを指名するリレー式スピー
  チを行って色々な話題で一同盛り上がった。             
   
      スピーチ 杉之原君                        スピーチ  平本君
   
           スピーチ  栗栖君                     スピーチ  中本(秀)君
     
                           今回の演出の頂点   ビンゴ
     
                       中締め    大田君
△クリックで中締めの音頭が聞こえます

                        フィナーレの合唱
△をクリックすると合唱が始まります

   後列    新出   杉之原   上田    青木  大呑  武田   絹原   田淵

  中列 増田  橋本修  志熊   山本定  国重  橋本赳   栗栖  小畑    久保田  大田

 前列   刀禰  浅野    土井     濱田      塚本       平本    多田    中本 

  来年は今年度より多数、元気でお会いしましょう!!!

 

                 <平成26年広島二中23期生同期会> 
 我われ二中23期の定例同期会を、今年も”23”にあやかった2月の第3土曜日、15日正午から広島市中区の全日空ANAクラウン・プラザホテルで開催しました。
会場の4F・カトレアの間には、広島二中の校章を染め抜いた紫地の校旗が飾られ、一年ぶりの再会を喜ぶ笑顔が集いました。この日の参加者は、昨年より2人少ない32人、訃報は昨年 より5人多い11人、欠席は76人で、いずれも入院・通院加療中、体調不良などで、返信なしの”ナシのつぶて”が37人でした。年々、訃報と欠席者が増えるのも、傘寿を過ぎた同期会の避 けがたい宿命なのでしょうか。
司会は刀禰君で、開会に先立って全員の記念撮影に続いて、物故者への黙祷、久保田君の「米寿記念会を目指して頑張ろう」の開会挨拶、東京・町田市から参加した平本君の乾杯で開会、
返信葉書で寄せられた仲間たちの近況報告のコピーも全員に配布され、ヒバク直後の惨状、戦時下の勤労動員、定年後の日暮らし、孫自慢など、回想と歓談の和やかな懇談が続きました。また懇 談の合間に、二中23期のHPで母校の記録映像などの収集を続けている塚本君の活動の紹介、”あの日”一日違いでゲンバクの犠牲となった1年生の鎮魂歌「碑コンサート」についての山本定 男君の紹介、国連総会(夏)への出席予定など、会員のスピーチが続きました。<BR>
午後4時前、恒例の二中校歌、「ああ紅の血は燃ゆる」「同期の仲間」の3曲を斉唱、杉之原君の中締めの乾杯で、来年の再会を約して閉会しました。

なお数年前から「加齢とともに寒さが応える。定例会を厳寒期の2月にやらんでも・・・」という会員の要望が強くなっており、閉会後の世話人会で、”23期”へこだわるよりも、加齢への順
応を優先しては・・・」との声もあって、昭和19年の4月、二中に入学して同期の仲間の絆が出来たのだから、来年度から春うららの4月下旬、第3土曜日にしようということになりました。
これが参加者減少傾向の歯止めとなって、来年度の盛会を期待したいものです。
                            ( 文:浅野、撮影:新出、録音:塚本)

    山根君       橋本君  
 
司会     刀禰君
 
開会の挨拶   久保田君
 
会員の近況報告      浅野君
 
 山本定男君 合唱団のこと、3月国連で「碑」演奏をする事等の話があった
   
平本善一君  町田市より悪天候の中を出席して頂き感謝します
 
 
大呑、大田、塚本、国重、山本(定)
浅野、久保田、刀禰
Aテーブル
 
杉之原、上田、小畑、土井
深田、山本(光)、田淵、青木
Bテーブル
 
橋本(修)、増田(忠)、荒谷、絹原
大島、栗栖、多田、中本(恵)
Cテーブル

武田、光田、辻本、橋本(赳)、新出
山根(護)、   平本、中本(智)
Dテーブル
 
  ホームページ担当の塚本が「二中の最後」を見届けた23期生の歴史的写真を収集して
ホームページの中に残し後世 に伝えたいとの思いから、会員のご協力を、お願いをかねて
、ホームページの紹介した中で、山本定男君企画初演 の「レクイエム碑」の一部を>
youtubeで聴いて貰ったところ、中本恵君が突然立ち上がって、第8楽章「全滅」
の中に親しかった「桜美一郎」君の名前が出て来るこの曲を聞くと、
胸がいっぱいになると」、切々と話し,それ を聞いた皆も感銘を受け一瞬シーンとなった.。
その「全滅」の曲を聞いて貰うために、メンネルコールを指揮して
この曲を演奏した山本定男君にCDを借りて、ここに掲載させて貰います。
どうか聞いて下さい。(塚本)

 
碑に刻まれた桜美君の名前

桜美君の思い出を語る中本恵君
クリックで演奏が始まります。
山本定男君のコメント
 桜美一郎さんが出てくるのは、第8章「全滅」この曲の後半に、最後の一人が死んだ、8月6日が彼の誕生日、13歳と5日をせいいっぱい生きて、桜美くんは死んだ・・・・、この曲の中で最も感動的な部分です。また、最後に、我が子を見つけられなかったお母さんの悲痛な叫び、「烈し日の真上にありて八月は腹の底より泣き叫びたき!」という詩で結ばれています。レクイエム「碑」は全部で9章、演奏時間45分の大曲です


             フィナーレ 恒例の合唱


クリックで合唱が始まります。
   
杉之原君の中締めの挨拶
 

前列左から  刀禰、多田、土井、浅野、大田、平本、深田、荒谷、山本(光)、田淵
中列左から  久保田、杉之原、大呑、上田、青木、国重、小畑、絹原、栗栖、橋本(修)
後列左から  新出、光田、増田(忠)、辻本、山本(定)、大島、橋本(赳)、中本(智)、武田、山根(護)、塚本

        来年も元気で会いましょう!!

        

                  <平成25年度広島二中23期生同期会>                 

  我われ23期の同期会を、今年も2月の第3土曜日の16日午後、広島市中区のANA・クラウンプラザホテルで開きました。参加者は昨年と同数の34人でした。<BR>
 定例会場の4F・カトレアの間には、旧制・広島二中の校章を染め抜いた紫地の校旗も飾られ、定刻の午後零時半から集合写真の撮影に続いて、浅野の司会で、参加者代表・荒谷君の開会挨拶 、昨年の物故者6人の冥福を祈って黙祷のあと、埼玉から久しぶりに参加した竹内君の乾杯で開宴しました。
 参加者全員に返信葉書に書かれていた109人分の”近況報告”を要約したコピーも配布され、欠席した旧友たちの消息、中学時代の思い出、病院通い、趣味や健康法、孫自慢などで、盛り上が りました。
また懇談の合間に、刀禰君が準備していた母校の「創立90周年記念」(平成24年)DVDの上映、23期の仲間が還暦の年にまとめた被爆体験記「ポプラは語り継ぐ」の国会図書館への 寄贈、英訳保存、HPやインターネットでの記録の充実・保存活動について塚本君の経過報告などのほか、車イスで西条(東広島市)から参加した溝西君の近況について、ホームヘルパーさんが 寄せた「歩行や会話など不自由な身で、趣味の俳句や陶芸に挑戦しておられます」という寄稿レポートも代読披露されました。
 このほか遠来組の濱田君、日中友好協会の田淵君ら数人の仲間のスピーチが続き、同期会定番の母校校歌、「ああ、紅の血は燃ゆる」「同期の仲間」(同期の桜・刀禰君改詞)の3曲を 全員で斉唱、河田君の中締めの乾杯、大田君の関東流・三本締めで閉会。来年の再会を約して散会しました。(浅野記)



浅野司会 司会進行 浅野君  
 開会挨拶 荒谷君 開会挨拶 荒谷君

                             会場の賑わい

   

   

   

                          恒例の合唱

                             
                     全員集合


前列左から刀禰、土井、横奥、竹内、荒谷、濱田、深田、栗栖、溝西
2列目、増田、角正、久保田、橋本赳夫、田淵、高田、山本光男、橋本修二、山根、浅野
3列目、上田、杉之原、光田、青木、古田、大呑、大田、武田、小畑、辻本、絹原、塚本、河田、米田
                
                  来年も元気で会いましょう!!

   

                 <平成24年度・広島二中23期同期会>

 我われ23期の同期会を、今年も2月18日の第3土曜日に、広島市中区のANA・クラウンプラザホテルで開きました。参加者は、昨年より2人減の34人。昨年は傘寿記念の会 でしたから、八十歳代の同期会にしては、ひとまず盛会と言えるのでしょう。昨年の東日本大震災で再認識させられた”絆”効果?が作用したのかも…。
 定例会場の4F・カトレアの間には、懐かしい旧制二中の校章を染め抜い紫地の校旗も飾られ、定刻の正午過ぎ、記念撮影に続いて、刀禰君の司会、代表幹事・久保田君の開会挨拶、昨 年の物故者、高橋正明、正藤英夫君ら7人の仲間の冥福を祈って黙祷のあと、青木君の乾杯で開宴しました。会場の参加者には、同期会の案内葉書(返信)に記載されていた「近況報告」の要約 も配布され、各テーブルごとに、息子や娘家族・孫自慢、近況報告の友人の消息、そして病院通いのボヤキも交えての懇談が続きました。
 しばしの懇談のあと、返信葉書を集約した浅野から「出席34人のほか、欠席が84、家族からの連絡で判明した訃報が2、返信なしの”ナシのつぶて”が30。県外からの遠来組はゼロ。平 成10年以降の参加者数の推移は、同10年が恩師4人(大杉、熊岡、久留須、中沢)、同期73人、同11年から13年が60人台、同14~16年が50人台、17~22年が40人台、昨 23年から30人台。恩師は、同18年の中沢先生以降はゼロ。物故者(判明分)は、原爆死の8人を含め、108人、消不明が24人、現在、同期会名簿の登録数は、211人」との経過報告
があった。次いで会員のスピーチタイムに移り、中本恵、田淵、横奥、杉之原君らが友人の消息や病院通いなどの近況を語り、中村忠之君から同期会HPの作成、管理をバトンタッチされた塚本 君が「HPへのアクセス、視聴率が低いので活用して欲しい」という呼びかけと、「被爆体験記・ポプラは語り継ぐ、を電子書籍化して全文セットアップした」との報告があり、会場の映像画面 を使って、操作説明があった。
 このあと初の試みとして、余興のにカラオケも登場、アイウエオ順?で浅野の「北へ」を皮切りに、中本、横奥、河田、深田、杉之原、光田君らが、自慢?のノドを披露した。
 フィナーレは、恒例の二中校歌、ああ紅の血は燃ゆる、同期の仲間(同期の桜の替え歌)を全員で斉唱、ゴルフ同好会幹事の大呑君の一本締めで閉会した。<
 なお23期同期会から母校同窓会に寄付した見返りとして、創立70周年と同80周年の記念冊子と、塚本君が作成した「ポプラは語り継ぐ」のCDが当日の参加者全員に配布された。
                                    (浅野記)



司会 刀禰君

開会挨拶 久保田君

会員近況(画像をクリックすると概要が読めます)

会場の賑わい

スピーチ 田淵君

カラオケ 横奥君

カラオケ 中本君


フィナーレ 恒例の合唱



 左から 前列 浅野、土井、刀禰、大田、河田、深田、高田、横奥
   2列目 山本、谷原、橋本、杉之原、増田、荒谷、国重、大呑、塚本、辻本、米田
   後列 多田、橋本、中本、山根、清岡、光田、武田、小畑、絹原、栗栖、、久保田、青木

来年も元気で会いましょう

 

     

               <平成23年度広島二中23期傘寿同期会>

”23期”に因んで毎年2月の第3土曜日に開催している同期会を、2月19日、ANAクラウンプラザ・ホテルで開きました。

 今年は”傘寿記念会”とあって、世話人一同張り切って準備したのですが、後期高齢者の集いだけに加齢の影響は避けがたく
、昨年より4人減の36人の参加者となりました。

 会場の4F・カトレアの間には、懐かしい旧制二中の校章入り校旗も飾られ、代表幹事大田昌治君の”広島弁”の開会あいさつ
      同期会目前に急逝した網谷和典君ら、昨年度の物故者6人に黙
祷、遠路・東京から参加してくれた岡重太郎君の乾杯の音頭で開宴となりました。
当日の参加者には、返信葉書に記載された仲間の近況報告の要約コピーが配布され名前と往時の紅顔を重ねながらの
      懐旧談が弾み歓談と献杯の合間に、網谷君の葬儀で同期生代表として校 歌を挿入しながら弔辞を述べた田淵廣和君、
      被爆証言活動をしている国重昌弘君、2冊目のエッセイ集を出版した正藤英夫君らのスピーチ、車イスで参加した溝西      
      護君のコメント(代弁)などが 続きました。

       またミニ・イベントとして刀禰明君が同窓会から借りてきた「二中~観音高校」のドキュメントDVDも上映され、
      二中4年生当時の関本学級のスナップ写真には、「こんなが写っとるで! と歓声が上がりました。

 フィナーレは、恒例の二中校歌、ああ紅の血は燃ゆる、同期の仲間(同期の桜の替え歌)を全員で斉唱、
      世話役幹事の久保田宏温君の乾杯で閉会、来年の再会を約して散会しました。
                          (浅野温生記) 

 3列目(同)米田、新出、武田、大田、小畑、岡、荒谷、塚本、田淵、中本秀、上 田、杉之原、絹原、平本
    2列目(同)増田、刀禰、高田、青木、橋本赳、大呑、国重、辻本、光田、橋本修 、久保田
       前列(左から)浅野、多田、今中、高橋、河田、正藤、深田、山本光、山下、溝西


<平成22年度広島二中23期プレ傘寿同期会>

  我々”23期”にあやかって、平成22年度の同期会を、2月の第3土曜日、広島市・平和大通のANAクラウンプラザ・ホテルで開き、昨年と同数の40人が参加しました。初詣で の神社暦には「昭和6年生まれ・傘寿」とありましたが、「昭和7年生まれもいることだし、数え年で歳を取り急がんでも…」と世話人が衆議一決、プレ付きの傘寿の会となりました。

 会場の4F・カトレアの間には、旧制広島二中の記章を染め抜いた紫地の校旗も飾られ、開会に先立って全員の記念撮影、定刻の午後1時、河田君の司会、代表世話人の久保田君の開会 挨拶、大田君の乾杯で開宴となりました。出席者には、150余人から寄せられた出欠葉書の近況報告の要約コピーが配布され、互いの消息がらみの懐旧談で盛り上がるうちに、東京から遠路参加した岡重太郎君、地元・可部町で伝統文化の継
承活動をしている深田君、郷里の瀬野川流域の郷土史研究を続けている正藤君、縄文塾の塾頭として、ユニークな言論活動をしている中村忠之君、近況報告をまとめた浅野、世話人の刀禰君とい った面々が、順次スピーチに立ち、和やかな懇談が続きました。

 フィナーレは、参加者全員による校歌、ああ紅の血は燃ゆる、同期の仲間の定番3曲の斉唱で締めくくり、「来年の傘寿も、お互い元気で会おうで」と、再会を誓って散会しました。
 なお今年は、ここ数年、「音沙汰なし」の仲間や、昨年、「寝たきり状態なので」と、ご家族から辞退の申し出があった計40人余りへの案内を見合わせ、約150人に案内したのです
が、それでも25人は、「返信なし」でした。欠席理由は、ほとんどが入院・通院、歩行困難、遠隔地なので、など後期高齢者の現状を裏付けるものでした。また物故者は、米国原爆被爆者協会 の会長として、ジェファーソン賞、勲五等瑞宝章などを受賞した在米二世のケン・中野昭君ら4人でした。  
      (浅野 温生記)


 



   (いずれも向かって左より)
  第4列: 竹野下 清岡  増田 絹原 岡 辻本 小畑 新出 橋本(赳) 山本(定) 大田
  第3列: 脇地 大島 国重 青木 中本(恵) 中村 高橋 米田 武田
  第2列: 中本(秀) 橋本(修) 大呑 高田 荒谷 上田 杉之原 塚本 正藤 河田
  第1列: 栗栖 横奥 土井 山本(光) 刀禰  深田 久保田 前田 浅野 田中


       平成21年の同期会ニュース



                 <平成21年度広島二中23期・60周年同期会
 
  我々“23期”にあやかって、今年も2月の第3土曜日の21日、ANAクラウンプラザホテル(元広島全日空ホテル)4Fのカメリアの間に40名が参加して開きました。数年前から「夜の 会合は、体調や交通の便などから出にくい」という声があったため、今年から昼間の開催となり、全員の記念撮影ののち、午後1時から刀禰君の司会で開会、過去1年間の物故者への黙祷に続い て、世話人代表の河田君の挨拶、浅野の乾杯の音頭で開宴となりました。

 同日の遠来の客は、東京から参加した濱田博、平本善一の両君で、このほか地元で長年、男声コーラスの会のリーダーを務める山本定男君、郷里の瀬野川町で地域文化活動を続けている 正藤英夫、高校教員を退職後、海外ツァーを楽しんでいる栗栖貞夫君らが、ステージに上がり、近況報告のスピーチをやりました。

 また荒谷、塚本のコンビは、プロジェクター持参で、我々23期のHPの概要紹介とPRをやり、世話人が用意した「卒業31年目の同窓会」(万象園)や還暦記念の「ポプラは語り継ぐ」出 版記念会(メルパルク)のビデオなど、若かかりし日の映像も再映され、「あんなも死んだのう」「あんたも若かったのう。髪も黒いし、えっとある」と、懐旧の声が飛び交いました。 また出 欠の返信葉書で寄せられた同期生の近況報告もコピーして参加者に配布され、疎遠となっている級友の消息を確認したり、情報交換の種となっていました。

 当日の参加者40名は、昨年の“喜寿”同期会に比べて6名の減。欠席は129名、“ナシのつぶて”が54通でした。欠席理由の多くは、昨年同様、「体調不良」がほとんどでした。
訃報は、中澤清、久留須康晴両先生、同期は西本忠義、藤川安弘、佐伯栄三、澤崎忠男、出佐正彦、石田義起、調子寛久、奥窪偆造の8名、昨年の訃報が2件でしたから、体調不良の欠席理由と ともに、加齢現象の加速を裏づけているようでした。

 今年を、広島二中卒業60周年記念とした根拠は、昭和24年春の卒業証書でした。前年の春、占領軍の6・3・3制教育改革で、母校は「芸陽高校と併設中学校」に改編され、24年春に
は「県立広島二中」は存在しなかったはずです。それなのに、芸陽高校2年を修了した我々は、県教委、母校関係者の運動と“超法規”的な配慮で、卒業証書をもらったと記憶しています。

 そしてフィナーレは、全員で恒例の「校歌・ああ紅の血は燃ゆる・同期の仲間」を斉唱、橋本赳夫君の三三七拍子の中締めで、来年の再会を約して名残をおしみつつ散会しました。  
(浅野 温生記)















              平成20年度・同期会ニュース

平成20年度広島二中23期喜寿記念同期会の報告

 

  平成20年2月16日、ANAクラウンプラザホテル(元広島全日空ホテル)4F・カメリアの間で、開催しました。今年は、昭和6年生まれが主流の23期生とあって“喜寿”記念同期 会と銘うっての開催だったせいか、過去3年では最多の46人の参加がありました。半面、大杉、熊岡、中沢の3先生方は、加齢にともなう体調不良などの理由で「欠席」され、初めて恩師不在 の同期会となりました。

 開会に先立って全員が記念撮影ののち、定刻午後5時、杉之原君の司会で開会。世話人代表・久保田君の開会挨拶、昨年中に物故された岡本廣治、真末武両君の冥福を祈って黙祷のあと 、昨年暮れ“ふるさと回帰”して、久し振りに参加した佐伯栄三君の乾杯で開宴、「おう、元気か」「年をとったのう」と、少年時代の昔に戻って、笑いと懐旧談の花が咲きました。

 当日の参加者の内訳は、「年100回以上のラウンド」をキープしているゴルフ三昧組から車イス、杖歩行、人工透析中の者まで多種多様。一方の欠席組は、ほとんどが「入院・通院・
療養中、体調不良」などで、年相応の加齢をかこっているようでした。当日の参加者には、返信葉書に記載されていた171人分の「近況報告」の要約コピーが配られ、交遊の絶えている旧友た
ちの消息を懐かしむ姿もみられました。

 食事と懇談の合い間を縫って、毎年、東京から参加している遠来の濱田君や久し振りに顔を出した堤洋二、倉本、清岡君や同期生のご縁も近い?介護事業に従事している田渕君、二度目 の“新婚”を享受している某君らのスピーチなどが続き、会場のスナップ写眞撮影は、中村忠之君が担当してくれました。同君は、故・佐藤君が管掌していた同期会のホームページも引き継いで くれており、「HPの充実策と同期生の閲覧・利用を」と呼びかけました。余興は、恒例のビンゴゲームで、同ホテル提供の宿泊券や宝クジなどの賞品が当たる度に、歓声の輪が広がりました。

  閉会前のセレモニーは、参加者全員による恒例の「二中校歌」「あゝ紅の血は燃ゆる」「同期の仲間」の3曲の斉唱。最後に奥窪君の三本締めで、来年の再会を約して散会しました。
 (浅野 温生記)
      旧制二中23期喜寿記念同期会


受付風景

世話人(久保田君)あいさつ


佐伯 栄三君 乾杯の発声

会場風景ー1

会場風景ー2

田淵君あいさつ

恒例<校歌・あ~紅の・同期の仲間 合唱>


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在米同期生 中野君(向かって左)と大藤君(右)

   <感謝!>
 

  中野君から今回の同期会の一助にと1万円の寄付がありました。有り難うございました。
 両君の健康をお祈りします。







       広島二中23期同期会の報告

 恒例の『広島二中23期同期会』が、平成19年2月17日(土)午後5時より、広島全日空ホテルで開催、今回は出席者は、恩師(大杉先生)と同期生45名でした。


受付風景
                      受 付 風 景 


世話人代表 国重 昌弘君の挨拶
             世話人代表 国重 昌弘君の挨拶


司会の太田 昌治君
                     司会の太田 昌治君



懇談風景-1
                      懇談風景-1


懇談風景-2
                       懇談風景-2


懇談風景-3
                       懇談風景-3


 終会前の校歌合唱
                  終会前の校歌合唱
  


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